2007年02月01日

リスクからの解放とは何か(3)

財産法的な利益である包括利益を純利益に絞り込むために概念フレームワークがとった考え方、それが「リスクからの解放」です。
概念フレームワークでは、「リスクからの解放」を投資目的てらして期待された成果が事実として確定することを意味しています。
投資目的どおり、期待どおりの確定した成果があがった状態が「リスクからの解放」のタイミングです。
企業投資の目的が資金(キャッシュ)の増大にあるなら、典型的には、キャッシュの獲得によりその成果が確認されるといってよさそうです。
しかし、単純な意味での現金の受領では、現金主義と何ら異なりません。
もう少し手前から概念フレームワークの考え方をみておきましょう。

企業は投資家から調達した資金を運用し、さらなる資金の獲得を目指しています。
調達した資金を超えて獲得した資金が、ラフには、利益です。
この利益の獲得を企業は目指しています。

もっとも、常に利益があがるとは限りません。
損をすることもあるでしょう。
企業に投資をする投資家も同じです。
投資家も利益獲得を目指して企業に資金を投じますが、損をすることもあるでしょう。
投資家は自らの資金をもしかしたら資金が減ったり、無くなってしまうかもしれない不確実さというリスクをかかえています。
そのリスクをかかえながらも、大きなリターンを狙って企業に投資を行います。
企業もその資金が増える事を狙いに、しかし減るかもしれない不確実さというリスクを抱えています。
企業もまた不確実なリスクを抱えた状態で、事業に資金を投下してより多くの資金(つまりは、回収余剰としての利益)を獲得する事を目指します。

概念フレームワークでは、このような企業と投資家の関係を想定し、企業に資金を投下する投資家を最も中心的な利害関係者と考えました。

利害関係者には、投資家以外にも様々な者が存在します。
現在の出資者たる株主や債権者はもちろん、企業の主要な利害関係者でしょう。
それ以外にも取引先、従業員や国、地域住民など、企業をとりまく利害関係者は、多様です。

概念フレームワークでは、その典型として投資家を選びました。
しかも極めて情報に精通した機関投資家(投資の専門家です)を想定しています。
投資家のみを対象とし、投資意思決定(つまりは、株や債券を売ったり買ったりの判断)に資するのが、財務報告の目的であると考えました。
会計情報に求められる最も重要な性格を投資の意思決定に対する有用性に置いたのです。
ぶっちゃけ、株を売ったり買ったりする人の判断材料が会計情報だと考えたのです(←ぶっちゃけすぎ?)。
この事に対して異論をはさむことはもちろん可能でしょう。

利害関係者には、投資家以外にも様々な人々が存在します。
財務報告の目的も一つとは限りません。
しかし、主たる利害関係者として投資家(機関投資家)を想定する。
概念フレームワークでは、その投資家の投資意思決定に対する有用性をもっとも重視したのです。
企業へ資金を投ずる投資家を最も重視したのです。

ってゆうか、私は重視されてるんでしょうか?(←されてません)

リスクからの解放とは何か(4)へ

2007年02月03日

リスクからの解放とは何か(4)

概念フレームワークでは、投資家をメインの利害関係者とし、財務報告の目的をその投資意思決定に役立つこととしました。
会計情報に求められるのもその投資意思決定にどれだけ役立つかです。
投資家は、企業に対して資金を投下し、より多くの資金の回収をめざしています。
その資金の投下(又は引上げ)の判断に役立つ情報であることが会計情報に求められるのです。

それでは、より具体的には、投資家の求める会計情報とはどのようなものでしょうか。
投資家は会計情報に何を求めているのでしょうか。

近代経済学の父であり、株式投資でも成功をおさめた経済学者ケインズは、株式投資は、美人コンテストのようなものだといったそうです。
美人である基準は、時代や地域、個人的な嗜好によっても異なります。
単純にいってしまえば、明確な基準のない人気投票のようなところがあります。
株式投資もそれと同じように、人気投票の要素を持っている事をいいたかったのでしょう。
事実、個人投資家の場合は、あの会社(や商品)が好きだからといったことも充分な購入理由になります。

しかし、概念フレームワークでは、投資家として、いわば株式投資を行うプロ(機関投資家)を想定しています。
プロは自分が好きだからといった理由で株を購入はしないでしょう(たぶん)。
なんかすごい事(←どんな)をして購入する株を決めている筈です。
素人を相手にしないとは不心得なと思われるかもしれませんが、世の中そんなものです(←何かあったのね)。
洗練された会計情報を洗練された投資家が扱う、少なくとも概念フレームワークでのイメージはそんな感じでしょうか。

機関投資家をはじめとする投資家が究極的に求めるのは、株価の推移でしょう。
将来の株価の予想です。
株価が上がるのがわかれば、「カイ」ですし、株価が下がるのがわかれば、「ウリ」です。
しかし、株価そのものには上記のような人気投票の要素もあって実際の短期的な動向を予想することは不可能です(できれば大もうけですな)。

企業は利益を上げる事を目的にしています。
投資家は、企業がどれだけの利益を上げるであろうかを予想し、その予想に基づいて投資を行います。
市場の平均的な予想(これが現在の株価に投票結果として反映されています)を超えていれば、「カイ」という判断を行うでしょう。
逆に下回れば「ウリ」という判断を行うでしょう。

会計情報に求められているのは、このような投資家の行う判断の参考資料としての役割です。
もっともそれは直に将来の株価を予想したり、企業を評価したりするためのものではありません。
自らの投じた資金を企業がどのような事業に投じ、そして、それがどのような状態(ポジション)にあり、そしてどのような成果を上げたのか。
このような企業が行った投資の状態(ポジション)とその成果に関する「結果としての」情報が財務報告に求められているのです。

概念フレームワークでは、「投資のポジション」を貸借対照表が示し、「投資の成果」を損益計算書が示すと考えています。
そして、「投資の成果」を示すのが利益である以上、利益はその投資目的に応じたものである必要がある。
概念フレームワークはそう考えたのです。

リスクからの解放とは何か(5)へ

2007年02月08日

リスクからの解放とは何か(5)

概念フレームワークでは、財務報告の目的を投資意思決定におきました。
そして、投資家が投資の意思決定を行うために有用な情報であることを会計情報の質として最も重視しています。

投資家は企業に資金を投じます。
企業はその資金をさらに事業に投下して、利益(それは究極的には、キャッシュの増加でもあります)の獲得を目指しています。
このような企業の行った投資の状態(ポジション)とその成果をありのままに報告することが、財務報告に求められるのです。

企業は様々な事業に資金を投下します。
そしてその事業に投下された資金は、一つの事業の中でも様々な形態(ポジション)をとります。
たこ焼屋でいえば、屋台であったり、小麦粉やタコという原材料になっていきます。
ぶっちゃけ、お金が屋台やたこ焼に化ける訳です。
そして、最終的には、たこ焼を売って、現金になって返ってくるのでしょう。
このような企業の行った「投資のポジション」(化けた屋台や小麦粉やタコ)を示す財務諸表が貸借対照表です。
そして、「投資の成果」、つまりは「利益」を示す財務諸表が損益計算書です。

投資家は、自ら企業の成果に関する予想を行い、投資判断の材料にします。
一定期間の後にその判断(予想)が正しかったのかを検証することになります。
その判断材料が、会計情報です。

そのために会計情報に求められるのは、予想ではありません。
企業がどれだけ儲かるであろうかではなく、どれだけ儲かったのか。
投資家が究極的に求めるのは予想でしょう。
しかし、財務報告に求められるのは、企業の行っている投資のポジションと成果というあくまでも結果としての事実です。
結果としての成果(業績)を示すもの、それが「純利益」です。

リスクからの解放とは、財産法的な包括利益をこのような企業の業績指標としての利益(純利益)にしぼりこむための考え方です。
投資の成果は、投資の目的に応じて考えられるべきでしょう。
概念フレームワークでは、投資目的に対して期待どおりの確定した成果があがった段階で成果(利益)を把握すべきだと考えた訳です。

企業の活動、それは、投資家から集めたキャッシュを何らかの事業に投下し、運用して増やす事を意味します。
同様に資金を投入するといっても、たこ焼事業に進出するのと資金を株式で運用するのとでは意味が違うでしょう。
前者(事業投資)は、いわば一般の事業会社における本業で、よい物やサービスを適時に提供することに主眼がおかれるでしょう。

これに対して企業の行う金融投資(株式投資等)は、その性格がやや異なります。
一般的な事業のように製造や販売における努力を要しません。

たこ焼を一生懸命焼いて得た利益と株を買ったら値段が上がって儲かった利益。
この二つの利益に対して異なる考え方がとられるべきだと概念フレームワークは考えました。

一般の事業投資については、従来の実現の考え方と結果として何ら異なりません。
金融投資について、このリスクからの解放の考え方が生きてくるといってよいでしょう。
そう、問題なのは、金融投資(株等)なのです。

リスクからの解放とは何か(6)へ

2007年02月27日

リスクからの解放とは何か(6)

概念フレームワークでは、利益(収益)の認識に「リスクからの解放」という考え方を採用しました。
期待していた成果が確定した段階で利益を認識する、それがリスクからの解放です。
事業投資の目的は、事業活動を通じて、その事業活動に投下した資金の回収を図ることでしょう(しかも多めに→多い分が利益です)。
金融投資を考える前に、いま一度、たこ焼事業を例に、事業投資における利益(収益)の認識(タイミング)を考えておきましょう。

(1)資金調達
(2)設備投資(屋台を買う)
(3)材料購入(たこを買う)
(4)購入注文(客:「オヤジさん。たこ焼1個ね。」)
(5)たこ焼を焼く(じゅうじゅう←音はいいし、なんか違うし)
(6)たこ焼をお客に引渡す(「オヤジ:へい。お待ちどう。」)
(7)代金を受領する(「オヤジ:毎度、ありがとうございます。」

(1)から(3)の段階では、まだ利益を計上すべきではなさそうです。
資金を調達したり、設備や材料を買っただけでは、まだ、儲かったという実感もないでしょう。

(4)の購入注文を受ける時点はどうでしょうか。
たこ焼の例ではわかりにくいかもしれませんが、「あ、金ねえや。オヤジさん、今度にするわ」なんてこともあるかもしれません。
その他の販売の例でも予約を受けただけでは、キャンセルの可能性も高く、ここで予約の全部を儲かったと認識する訳にはいきません。

(5)のたこ焼を焼いている(製造)している段階では、かなり儲かった感はでてきているでしょう。
ただ、一般の見込販売(商品を製造してから販売するケース)を考えてもわかるように生産や製造の段階で収益(利益)を認識するのは一般的ではありません。

(6)の商品(製品)の引渡時点、これが一般的でしょう。
通常、たこ焼の引渡しと(7)の現金の受領は同時に行われます。
もちろん若干の誤差はあるでしょうが、同時(引換え)と考えて問題ないでしょう。

常連客:「あっ。オヤジさん。細かいのないや。明日でもいい?」
オヤジ:「いいですよ。ありがとうございました。」

こんなことはあるかもしれません。
ただ、たこ焼屋のオヤジもこの道30年のプロです(30年のプロなのね)。
誰に対してもこんな事を許す訳ではありません。
そうこのお客さんは、ここ10年、毎日、欠かさずたこ焼を買ってくださる大事なお客様なのです。
つまりは、信用がある訳です。
こんな信頼関係があれば、この場合でも(6)の商品の引渡時点で収益(利益)を認識すべきでしょう。
そして、信頼関係がなければ、そもそも代金を受領しないこと(掛)はないでしょう。
もっともこの場合は、回収リスク(貸倒れのリスク)はあります。
しかし、最後の現金回収の段階まで収益の認識を待つよりも、たこ焼を引渡した段階で売上を計上する方が、一般的な成果の認識とも合致します。

従来の実現概念とは、ごく一般的に考えられる商売で、ごく一般的に儲かった(ウハウハ)と考えられるような時点(商品等の引渡時点)で会計上も収益をたてようとする考え方である事がわかります。
そして事業投資について、概念フレームワークが従来と大きく異なる考え方をとっている訳ではありません。

あっ、問題は、金融投資でした。
たこ焼はもういいか。
いや、たこ焼も大事ですってば。
おいしいし(←もういいです)。

リスクからの解放とは何か(7)へ

2007年02月28日

リスクからの解放とは何か(7)

概念フレームワークでは、財務報告の目的を投資意思決定におき、会計情報にその投資意思決定に対する有用性を求めました。
投資家の投資意思決定には、自らが投じた資金を企業がどのように利用し、成果を上げたのかに関する情報は不可欠です。
自分の事前の予想との食い違いをみるには、結果としての(事実としての)企業の業績に関する情報が必要でしょう。
概念フレームワークでは、投資目的に対して期待どおりの確定した成果があがった段階で利益を認識すべきと考えました。
このような成果は、通常は、キャッシュの獲得そのものによって確認できるでしょう。
このような利益の認識に関する考え方が「リスクからの解放」です。

いわば本業(事業投資)の利益が確定したとみられるのは、商品販売でいえば、販売時点です。
しかし、金融投資が、これと全く同じ考え方でよいとは限りません。
たこ焼を一生懸命つくって売るのと、株式の値段があがって売る利益は一緒なのかという問題はあるでしょう。

ここで、現状の会計基準での取扱いをみておきましょう。
金融商品会計基準では、売買目的有価証券を時価で評価し、評価差額を損益としています。
売買目的有価証券は、「時価の変動により利益を獲得する目的で取得する有価証券」と定義されています。

そもそもが時価の変動を見越して資金を投じている以上、その時価の変動そのものが成果というべきでしょう。
売買目的有価証券については、当初の目的(時価の変動)を達成した以上、そこで利益を計上すべきです。
これに対して、子会社株式を同列に論じることはできません。
子会社株式は、そもそもがその会社を支配する目的があるのですから、売る事に制約があります。
このように投資目的(時価の変動か、子会社の支配か)に対して、利益(収益)の認識も区別して考える必要があります。

<たこ焼き>…………引渡時点
<株式>
売買目的有価証券……値上時点(決算で時価評価)
子会社株式……………引渡時点(決算で原価評価)

このような関係を投資目的と関連づけているのが、リスクからの解放です。
大きなポイントは、事業投資と金融投資(つまりは、企業の全般的な活動)について、統一的な視点で利益(収益)の認識を考えている点でしょう。
企業が行った投資が事業投資であるならその事業投資の目的にてらして、金融投資であるならその金融投資の目的にてらして、利益の認識のタイミングを考えることとしたのです。
その投資目的にそった成果が確定したら利益を認識するそれが「リスクからの解放」の考え方です。

事業投資の目的は、事業活動を行いその事業活動を通じてキャッシュを獲得することにあります。
利益(収益)を認識すべきタイミングは、たこ焼を売って、現金を手にした時点でしょう。

金融投資の目的について、異論はあるかもしれません。
時価の変動そのものが、本当に成果なのか?
私も本当はよくわからないのですが、一応わかったフリをしています(←フリなのね)。
皆さんもわかったフリという事でよろしくお願いします。

売却(や時として購入)そのものよりも、時価の変動(買った株式については、値上がり)が重要であるという考え方は頷けるでしょう。
時価の変動そのものが目的なら、その成果も時価の変動によって確認されるべきであり、時価の変動を損益とすべきことになる訳です。

この点、「売買目的有価証券」という呼称そのものはミスリードの可能性を残しているのでやや残念かなあと思います。
つまりは、「売買」が目的で、そのタイミングで利益を認識する訳ではなく、「時価の変動」そのものを狙ってそのタイミングで利益を認識する。
そんな有価証券が「売買目的有価証券」なのですから。

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