2006年07月03日

動態論の資産概念(1)

資産とは何か、に対して一義的な回答を用意する事は必ずしも容易ではありません。
いや、それはとてつもなく難しいことといった方がよいのかもしれません。

ややラフには、資産概念は、次のように推移してきたといってよいでしょう。

(1)売却価値のある財産(静態論)
(2)貨幣性資産と費用性資産(動態論)
(3)経済的資源等(新静態論)

現在は、このうち(2)から(3)への過渡期にあるといったあたりかもしれません。
ここでは、このうち動態論のもとにおける「資産とは何か」について考えてみたいと思います。

簿記の「借方・貸方」という表現からも想像できますが、複式簿記は、当初、債権債務(金銭の貸し借り)を記帳する技術として誕生し、発展してきました。
誰にいくらの債権(売掛金や貸付金等)があり、また、債務(買掛金や借入金等)があるかは、複式簿記の誕生以来、企業をとりまく利害関係者の大きな関心事であり続けています。
このことは、今日においても、変っていません。

企業に対して債権(例えば、貸付金)を有している者は、その貸付金が返ってくるのかに関心があります。
企業が有する資産をすべて売却し、換金した場合に、これが債務の金額よりも多いのであれば、債務の返済に支障をきたすことは少ないでしょう。
債権者も最悪、全部売り払って、かね返せといえる訳です。

このように企業をとりまく利害関係者のうちでも債権者の占める比重が高く、債務の返済に関心がよせられていた時代の貸借対照表は、売却価値を有する財産の一覧表に近い意味をもっていたようです。
そこで付される財産の価額は、文字どおり売ったらいくらという意味での時価であったといってよいでしょう。
ここでの資産は、紛れもなく「売る価値のある物」という事になります。

このような時代における貸借対照表の見方、そして、そこにおける会計の見方こそが、まさに静態論であるといってよいでしょう。
静態論における「資産とは何か」
それはまさに「売却価値を有する財産」です。

静態論における資産概念は、考え方としては、極めてシンプルです。
しかし、会計に対する見方は、静態論のままとどまっていた訳ではありません。
動態論へと進化していきました。
動態論のもとでの資産概念、これが新基準以前の一般的な資産概念であるといってよいでしょう。

動態論の資産概念(2)へ
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2006年07月07日

動態論の資産概念(2)

資産の概念は、ややラフに次のように類型化できると思います。

(1)売却価値のある財産(静態論……財産計算中心)
(2)貨幣性資産と費用性資産(動態論……損益計算中心)
(3)経済的資源等(新静態論……?)

静態論のもとでの資産概念、つまり、「売却価値を有する財産」という考え方は、極めて明確です。
静態論のもとでの貸借対照表は、財産の一覧表と考えられ、そこでの主眼は、財産計算におかれていました。

これに対し、財産計算ではなく、損益計算を会計の主軸におき、貸借対照表は、損益計算を行った結果の残りとみる考え方が登場しました。
このような考え方が動態論とよばれます。

静態論は、考え方としては極めて明確です。
とてもわかりやすいのではないかと思います。
しかし、大きな問題がありました。
それは、金額をどうするか、つまり、評価の問題です。

静態論では、資産を売却価値を有する財産と考えます。
資産を貸借対照表にのせる価額(評価額)も資産を売却したとしたらいくらかという意味での時価であるべきでしょう。
しかし、売却時価がすべての資産について必ずしも明確な訳ではありません。
また、これを悪用して、みせかけの業績を装うことも少なからず行われたようです。

このような不確実な売却時価ではなく、伝統的な会計の中核を占める確実な評価指標が原価だったのです。
売却時価に代わる確実な評価の指標として原価を正当化する理論、それが動態論であるといってよいのかもしれません。

次回以降で、動態論に(必要以上)に踏み込んでいけたらいいなと思います。

動態論の資産概念(3)へ
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2006年07月09日

動態論の資産概念(3)

資産概念は、おおむね次のように推移してきました。

(1)売却価値のある財産(静態論……財産計算中心)
(2)貨幣性資産と費用性資産(動態論……損益計算中心)
(3)経済的資源等(新静態論……?)

静態論のもとでの資産は、売却価値を有する財産であり、その貸借対照表価額は、売却時価になります。
考え方そのものは極めて明確ですが、売却時価の算定が必ずしも容易ではありません。
そこでより確実な評価の標準として求められたのが原価だったといってよいかもしれません。

動態論(動的貸借対照表論)は、貸借対照表ないしは会計全般に関する考え方ですから、原価(支出)に限定するとやや正確性を欠きます。
むしろ、収支(収入と支出)といった方がよいでしょう。

静態論は、財産計算を重視しますが、動態論では、損益計算をその中心においています。
ある期間の損益は次のように計算されます。

収益−費用=利益

今、仮に、企業の全生涯を仮に想定した場合、その全生涯における損益計算は、収入から支出を差し引くことにより計算できる筈です。
この場合、もちろん資本取引は除外します。

収入=収益、支出=費用

収入−支出=「利益」

しかし、ある会計期間だけを抜き出した場合には、収入=収益、支出=費用という関係がなりたっている訳ではありません。
ある会計期間において、収入と収益、支出と費用の違いから生ずる項目を収容するのが貸借対照表だというのが動態論における基本的な貸借対照表に対する考え方といってよいでしょう。

では、より具体的に動態論のもとでの資産はどのように考えられているのでしょうか。

動態論の資産概念(4)へ
posted by 講師 at 21:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 動態論の資産概念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月10日

動態論の資産概念(4)

資産概念は、ややラフに次のように推移してきました。

(1)売却価値のある財産(静態論……財産計算中心)
(2)貨幣性資産と費用性資産(動態論……損益計算中心)
(3)経済的資源等(新静態論……?)

静態論のもとでの貸借対照表は、売却価値を有する財産の一覧表と考えられていました。
動態論では、貸借対照表を「損益計算と収支計算との差異」を収容する一覧表と考えています。
今、このことを消耗品の購入と消費を例にとって考えてみましょう。
消耗品を購入時に資産(消耗品)処理し、決算時に消費分を費用(消耗品費)処理する場合です。
仕訳処理は、次のようになります。

購入時:(借)消 耗 品100 (貸)現金預金100

決算時:(借)消耗品費 70 (貸)消 耗 品 70

損益計算書には、消耗品費70が計上され、貸借対照表には、消耗品30が計上されます。
支出額は、100円ですが、この支出額100円のうち費用70円にならなかった30円が資産と考える訳です。

動態論の始祖であり、近代会計学の父(いや母だったか)と呼ばれるドイツの会計学者、シュマーレンバッハはこのような項目を「支出未費用」と名づけました。
支出が行われているもののいまだ費用になっていない項目という意味で、「支出未費用」です。
このように貸借表項目のすべてを収支との関連で考え、損益計算を行った残り、未解決項目が貸借対照表に載ると考えた訳です。

棚卸資産、固定資産等は、このような意味での「支出未費用」項目です。
貸借対照表を眺めてもこのような「支出未費用」項目が多いことがわかるでしょう。
繰延資産もそうですし、前払費用も「支出未費用」です。
もっとも貸借対照表項目は、「支出未費用」だけではありません。

次回以降でもう少し貸借対照表項目の範囲を広げつつ動態論の核心に………迫れるのか?

動態論の資産概念(5)へ
posted by 講師 at 21:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 動態論の資産概念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月11日

動態論の資産概念(5)

静態論のもとでの貸借対照表項目は、売却時価で評価されます。
しかし、現実の企業は、事業活動をやめて、資産を売却する訳ではありません。
現実の企業は、貸借対照表項目をどのように評価するかにかかわりなく、事業活動を継続しています。

企業は、出資者から資金を募り、その資金で様々な資産を購入します。
その購入した資産を利用したり、また、販売したりして、投下した資金の回収をはかります。

今、単純な一連の取引を考えてみましょう。
100円の資本を調達し、その100円で商品を購入し、150円で販売した場合です。

設立100円
仕入100円
掛売150円
回収150円

一連の仕訳を売上原価対立法によって示してみます。

設立:現  金100 資 本 金100
仕入:商  品100 現  金100
掛売:売上原価100 商  品100
掛売:売 掛 金150 売  上150
回収:現  金150 売 掛 金150

今、上記の一連の仕訳における資産科目を動態論では、次のように考えています。
現 金:支払手段
商 品:支出未費用
売掛金:収益未収入

現金は、どのような理論をとろうとも資産であることに変りはありません。
収支の手段としての意味を持っています。

商品は、前回にご紹介した消耗品と同様に「支出が行われているが、費用になっていない項目」、つまり、「支出未費用」です。

新しく登場したのが、売掛金ですが、収益を獲得し、将来の現金収入をもたらします。
このような項目を「収益未収入」と呼びます。

「支払手段(貨幣)」、「支出未費用」、「収益未収入」

動態論の姿が見えて………こないか。

動態論の資産概念(6)へ
posted by 講師 at 21:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 動態論の資産概念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月12日

動態論の資産概念(6)

前回の例に手形回収を加えてみましょう。

設立:現金(1)100 資 本 金100
仕入:商  品100 現  金100
掛売:売上原価100 商  品100
掛売:売 掛 金150 売  上150
手形:受取手形150 売 掛 金150
回収:現金(2)150 受取手形150

現  金:支払手段
商  品:支出未費用
受取手形:収益未収入
売 掛 金:収益未収入

動態論では、資産を「支払手段」、「支出未費用」、「収益未収入」等からなるものとして捉えますが、ぶっちゃけ何だかつかみ所がない気がします。
おそらくは、「だからどうしたのか」が明確ではないからでしょう。

やや、異なる視点から考えてみましょう。
それは、「資金(資産)の流れ」と「その金額(100円と150円)」についてです。

(1)資金の投下の過程
上記の仕訳の借方(100円)に注目してみると、当初の現金(1)が、商品、売上原価へと姿を変えていることがわかります。

現金(1) → 商品 → 売上原価

(2)資金の回収の過程
また、同様に借方(150円)に注目してみると、売掛金、受取手形、現金(2)と姿を変えていることがわかります。

売掛金 → 受取手形 → 現金(2)

商品の販売を契機に異なる金額(100円と150円)が資産(費用)に付されています。

動態論では、このように、(1)資金の投下の過程にある資産(商品)をその資金の投下額(支出額)で捉え、(2)資金の回収の過程にある資産(売掛金、受取手形)をその資金の回収額(収入額で捉えています。

(1)資金の投下の過程 → 商品       →100円(資金の投下額)
(2)資金の回収の過程 → 売掛金、受取手形 →150円(資金の回収額)

(1)の資産が、費用性資産と呼ばれ、(2)の資産が、貨幣性資産と呼ばれます。
費用性資産は、資金の投下額を基に評価され、貨幣性資産は、資金の回収額を基に評価されます。

商品販売を例にあげて、動態論の資産概念をみてきました。
いま一つ、典型的な取引を取り上げ、なんとか総括したいと思います。

動態論の資産概念(7)
posted by 講師 at 23:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 動態論の資産概念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月15日

動態論の資産概念(7)

動態論では、損益計算を重視しています。
そこでの貸借対照表は、損益計算を行う手段にすぎません。
動態論で想定されている損益計算は、収支を基礎にしており、収支を損益に変換する段階で生ずる未解決の項目が貸借対照表に収容されることになります。

前回、商品販売を例にとり、動態論における資産がどのように考えられているのかをみてきました。

(商品販売の場合)

現金(1)100→商品→(販売)→売掛金150→受取手形→現金(2)

このような資金の循環過程のうち、その投下過程にある資産(商品=支出未費用)を費用性資産といい、回収過程にある資産(売掛金・受取手形=収益未収入)が、貨幣性資産と呼ばれます。
当初に投下された資本(100)を超えて回収された資本(150−100=50)が「利益」です。

しかし、このような資金の循環過程では説明できない項目もあります。
たとえば、貸付金です。

(資金の貸付の場合)

現金(1)→貸付金→現金(2)

この場合の貸付金は、後に費用になる訳ではありません。
したがって、「支出未費用」に分類することはできません。
また、収入があった訳ではありませんので、「収益未収入」でもありません。
新たなカテゴリーを設ける必要があるようです。
それが、「支出未収入」です。

「支出未収入」に属する勘定科目がそれほど多い訳ではありません。
貸付金の他には、立替金などが該当します。

このように動態論では、資産を「支払手段(貨幣))」、「支出未費用」、「収益未収入」、「支出未収入」からなるものとして捉えています。

動態論の資産概念(8)へ
posted by 講師 at 22:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 動態論の資産概念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月17日

動態論の資産概念(8)

会計は、歴史的にみると「静態論」→「動態論」→「新静態論」と推移してきたといってよいでしょう。
現在は、動態論から新静態論への移行期といってよいのかもしれません。
もっとも完全な新静態論と呼ぶべきような会計観が確立しているとはいえないようです。
また、仮にそのような体系があったとしても完全に移行してしまうのかどうかも現時点ではわからないというべきなのかもしれません。

静態論では、資産を売却価値のある財産と考え、静態論のもとでの貸借対照表は、売却価値のある財産の一覧表と考えられます。
これに対して、動態論は、動的貸借対照表論とも呼ばれ、貸借対照表の見方、いや、それは貸借対照表のみにとどまるものではなく、会計全般に対する一つの考え方を示したものです。
動態論では、損益計算を重視し、収支を損益に変換する過程で生ずる損益計算上の未解決項目が貸借対照表に収容されると考えます。

今までに登場した動態論の資産類型は、次の4つです。

(1)支払手段(現金=貨幣)
(2)支出未費用(棚卸資産、固定資産=費用性資産)
(3)収益未収入(売掛金、受取手形=貨幣性資産)
(4)支出未収入(貸付金=貨幣性資産)

このように動態論では、企業活動を資金(資本)の循環過程と捉え、その資本の循環過程における資産をその投下過程にある資産(費用性資産)と回収過程にある資産(貨幣性資産)とに区分し、費用性資産は、支出額を基礎に、貨幣性資産は、収入額を基礎に評価することとした訳です。

動態論の優れた点は、企業活動を資本の循環過程になぞらえ、みごとに描写しつつ、その金額の決定(評価)の基礎的な考え方を呈示している点にあるといってよいかもしれません。
動態論の素晴らしさは、今日においても色あせることはないでしょう。
しかし、現実として時代は、また、静態論(新静態論)へと動いています。
新静態論のもとでの新たな資産概念も模索されています。
新たな資産概念を見つめるには、もちろん動態論以外の視点が必要なのでしょう。
しかし、現在においても色あせることのない動態論の資産概念、いや、動態論そのものに思いを巡らすことが、新たな資産概念、そして新たな会計学の習得の前に与えられた必須の課題といってもよいのではないでしょうか。

動態論の資産概念(完)
posted by 講師 at 22:04| Comment(4) | TrackBack(0) | 動態論の資産概念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする